竹宮惠子と増山法恵の現在は?結婚や自伝も調査! | 漫画家の顔や本名・経歴年収調査サイト「漫画家さん.com」

竹宮惠子と増山法恵の現在は?結婚や自伝も調査!

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「風と木の詩」や「地球へ…」で知られる、24年組の一人である竹宮惠子先生。

増山法恵さんとは現在はどんな関係なのでしょうか。

ほかにも結婚、自伝についてなど調査してみました。

竹宮惠子の経歴、作品、年齢などのプロフィール

まずは竹宮惠子先生のプロフィールをどうぞ。

名前 竹宮 惠子(たけみや けいこ)
出身地 徳島県徳島市出身

福岡県朝倉市在住

生年月日 1950年2月13日
経歴
  • 1967年、漫画雑誌COMの月例新人賞に佳作入選。
  • 1968年、週刊マーガレットの新人賞に佳作入選して掲載され、漫画家デビュー。
  • 1968年、徳島大学教育学部(現・総合科学部)美術科に入学。
  • 1970年、週刊少女コミックで『森の子トール』の連載を開始。
  • 1976年、週刊少女コミックで『風と木の詩』の連載を開始。
  • 1977年、月刊マンガ少年で『地球へ…』の連載を開始。
  • 2000年、京都精華大学マンガ学科の教授に就任。
  • 2008年、京都精華大学マンガ学部の学部長に就任。
  • 2013年、京都精華大学の次期学長に選出。
  • 2014年、秋の紫綬褒章を受章。
  • 2018年、京都精華大学の大学院マンガ研究科長・全学研究機構国際マンガ研究センター長に就任。
  • 2020年、京都精華大学を定年退職。4月に京都精華大学名誉教授称号を授与。
作品(一部)
  • 森の子トール(1970年)
  • 魔女はホットなお年頃(1970年)
  • 空がすき!(1971年)
  • ロンド・カプリチオーソ-氷の旋律-(1973年)
  • ファラオの墓(1974年)
  • 風と木の詩(1976~1984年)
  • 地球へ…(1977~1980年)
  • アンドロメダ・ストーリーズ(1980~1981年)

竹宮惠子先生の代表作である「風と木の詩」は、少年愛を本格的に扱った作品です。

当時は男女間の恋愛が求められており、編集者たちからも否定的でした。

また、内容について萩尾望都先生と多少もめたりすることもあったりと色々あった作品です。

それでものちのち高い評価を受けたので、周りに負けずにしっかりと描き上げたことがまず素晴らしいですね。

竹宮惠子と増山法恵の現在の関係は?

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引用元:Amazon

20歳の頃から15年間、竹宮惠子先生のプロダクションのプロデューサー兼ディレクターを務めていた増山法恵さん。

あの「風と木の詩」も、電話で増山紀恵さんと話すうちにイメージが出来上がっていったそうです。

もとは漫画家の萩尾望都先生の同世代の文通相手で、萩尾先生の紹介で親しくなりました。

どうしてもマネージャーに間違われてしまいがちでしたが、増山法恵さんは竹宮惠子先生のプロデューサーとして立派に仕事を成し遂げました。

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その後は独立し、フリーライターとして活躍。 書評、映画評、音楽評論活動などをし、『風と木の詩』のその後を書いた小説『神の子羊』なども執筆しました。

現在の状況ですが…増山法恵さんは、2021年6月30日から7月1日の未明にかけて、突然死してしまいました。

竹宮惠子先生もこれには驚いたそうです。

亡くなる数日前に、新型コロナウイルスワクチンの1回目接種について電話で話したばかりだったと言い、増山法恵さんは持病がいくつもあったため死因もよく分からなかったとのこと。

竹宮惠子先生は増山法恵さんの死についてどう公表すればいいか悩み、亡くなってから3か月後の2021年10月頃にブログで綴りました。

竹宮惠子先生は、増山法恵さんと出会えて感謝していたそうです。

竹宮惠子先生は現在は公式Twitterにて、日本漫画学会の大会やシンポジウムなど、漫画系のイベントの告知を元気にしていらっしゃいます。

これからも元気なお姿を見せてほしいですね。

竹宮惠子は結婚せず独身

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竹宮惠子先生は、結婚していないので独身です。

デビューしてからかなりの作品を描き続けていますし、忙しくて出会いすらなかったのかもしれませんね。

竹宮惠子が教授をしていた大学は?

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竹宮惠子先生は、2000年に京都精華大学マンガ学科の教授に就任しています。

こちらはなんと、漫画家として日本初の大学の専任教員でした。

2008年には京都精華大学マンガ学部の学部長に就任、2014年には学長に就任し、「新世代マンガコース」を新設しています。

その後、2018年4月に京都精華大学の大学院マンガ研究科長・全学研究機構国際マンガ研究センター長に就任したのち、2020年に定年退職しました。

京都精華大学名誉教授称号も授与されています。

自分が描くだけではなく、新世代の漫画家たちに漫画について教えたいという思いがあったんですね。

なかなかできることではないと思います。

竹宮惠子の自伝は「少年の名はジルベール」

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竹宮惠子先生は、2016年に自伝「少年の名はジルベール」を出しました。

こちらは、大泉サロンを中心とした自伝となっています。

代表作『風と木の詩』執筆秘話なども書かれていますよ。

同じく漫画家として大泉サロンで過ごした萩尾望都先生も、「一度きりの大泉の話」というエッセイ本を出しています。

こちらにも竹宮惠子先生が登場し、大泉サロンでのことが書かれているので、暗い部分もありますが合わせて読んでみてもいいかもしれませんね。