2018年1月にTVドラマとして放映される「電影少女2018」の原作「電影少女」の作者、桂正和さんの経歴と作品について、インターネットで検索をしました。
画力やイラストの尻の描き方について、また現在の状況と顔について、「ドラゴンボール」の作者の鳥山明さんとの関係や、アシスタントまでお伝えいたします。
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桂正和さんの経歴と作品について
桂正和さんは日本の漫画家、イラストレーターです。本名も同じ桂正和というそうです。誕生日は1962(昭和37)年12月10日。性別は男性。福井県生まれの千葉県育ち。血液型はA型です。阿佐ヶ谷美術専門学校中退。
2015年より嵯峨美術大学客員教授をしています。
福井県で生まれた桂正和さんは小学生の頃に千葉県千葉市村田町へ引っ越しをしました。さらに中学の頃には千葉県の市原市八幡へ移り住み、20歳ころまで過ごしました。
子供の頃より絵を描くのは得意だったそうですが、アニメや漫画には然程惹かれることがなく、ウルトラシリーズや仮面ライダーシリーズなどの特撮ヒーロー物に夢中になっていたそうです。その特撮ヒーローに対する興味は漫画家になった後の作品「ウイングマン」や「ZETMAN」の連載動機につながるように思えます。
中学生の時にV55(Technics)という50万円のコンポーネントステレオが欲しくなり、50万円だった賞金を目当てに手塚賞への応募を始めます。
最初にそろえた道具は手塚治虫の入門書を読んで、小遣いで揃えたものだった。漫画家を目指していたわけでもないし、もともと然程漫画を読んでいたわけでもないので、描き始めは賞金だけが目的というある意味純粋なものでした。
しかし漫画を描き続けるうちに漫画を描くことの面白さに目覚めてきた桂さんは高校生の時には授業中にペン入れをするなど、漫画を描くことに没頭するようになります。
1980(昭和55)年には高校卒業間際にフレッシュジャンプ賞に投稿した作品が選外ながらも編集者・鳥嶋和彦さんの目に留まり、同時期に手塚賞に応募していた「ツバサ」が佳作に入選することになりました。
その後の作品の経歴は以下のようになります。
1981年に「転校生はヘンソウセイ!?」によって第21回手塚賞準入選を受賞。漫画家としてデビュー。
1983年から1985年まで「ウイングマン」を連載。
1985年から1986年まで「超機動員ヴァンダー」を連載。
1987年から同年まで「プレゼント・フロム LEMON」を連載。
1989年から1992年までは「電影少女」を連載。
1993年から1994年までは「D・N・A2~何処かで失くしたあいつのアイツ~」の連載。
1995年から1996年まで「SHADOW LADY」を連載。
1996年には「エム」を「MANGAオールマン」に掲載。
1997年から2000年まで「I”s」を連載。
2002年から2014年まで「ZETMAN」の第一幕を連載。
また、「ウイングマン」「電影少女」「D・N・A2」「SHADOW LADY」「I”s」「ZETMAN」はTVアニメ化されました。
もともと特撮ヒーローマニアだった桂さんの作品はアニメや映像化されるのに向いていたのでしょうか。
また、現在も連載中の「ZETMAN」以外、恋愛漫画の連載期間が長いのが特徴です。
「ウイングマン」や「電影少女」は恋愛妄想+αの奇妙なSFファンタジー作品でした。しかし後期になってくると「I”s」のように恋愛一辺倒の作品と、変身ヒーロー及び正義や悪といった思想の要素を強く押し出した「ZETMAN」のような作品に要素が分かれてきます。とくに「ZETMAN」は長期連載しており2002年から数えで15年間も連載されています。
「ZETMAN」はアメコミの作品「バットマン」の強い影響下にあり、マーベルコミックスのように沢山の超人で出てきながら、日本独自の漫画の形をとったバンド・デシネ(漫画として芸術的価値を持つ作品)として多くの人に記憶されるでしょう。
桂正和さんの画力と尻のイラストについて
桂正和さんといえば、美少女キャラクターの描き方に定評があり、非常にうまい作家です。
そしてその中でも尻のイラストが非常にうまく、その尻の描き方の講義のためにTVに出演したことがあるほどのサービス精神の持ち主でもあります。
桂さんは画力が高く、漫画の構成においてうまく「見せない」「描かない」能力が非常に高いです。
この「ギリギリの線を描くニュアンス」が漫画構成にも役立っていて、ドラマチックな物語展開と恋愛漫画とは思えない少年漫画らしいダイナミズムを作り出すことに成功したのではないでしょうか。
これは桂正和さんの初期の頃、活躍していたのが少年漫画だったこととも関係しているでしょう。しかし一方では「エム」を青年向け漫画として書き上げた後、「ZETMAN」を連載するため青年誌に活動の場を移した後も描かれていたのは、世界にリアリティを持って埋没するにはどのように描けばよいか、ということの為の構成であり作画でした。
つまり、もともと資質として興味のあるものはより体感できるように描きつくす作家なのではないでしょうか。
そのため、桂正和さんらしさを失わない魅力的なイラストを描くことが出来るのではないでしょうか。
桂正和さんの現在の状況と顔について
桂正和さんの2017年現在の状況は「電影少女」が「電影少女2018」としてTVドラマ化される予定です。
またBSスカパーでも「I”s」も実写ドラマ化されるそうです。
どちらも「週刊少年ジャンプ」に連載された大人気恋愛漫画です。今の時代に特撮ヒーローをテーマにした「ウイングマン」や「ZETMAN」ではなく「電影少女」や「I”s」等の恋愛漫画が実写化されるのは、時代の世相を反映しているのかもしれません。
今、人が見たいのはヒーローの活躍ではなく、恋愛を生身のファンタジーとして体感できることなのかもしれません。
あたかも「月9」のような設定でありながら、少年漫画の味がある作品。青春漫画というよりもあくまで少年寄りのピュアな恋愛漫画。
どのような映像作品になるのでしょうか。
また顔に関しては写真がありましたので、掲載させていただきます。
スポンサーリンク本人の似顔絵です。
引用元:こえぽた
ハンサムな方ですね。
漫画家の中にはあまり表に出たくない人もいたりしますが、TVに自身のイラストの講義に出たりNHKの朝の連続TV小説にも出演したり、やはりサービス精神が旺盛なかたのようです。
桂正和さんと鳥山明さんの関係について
桂正和さんと鳥山明さんの関係をつなげる人は二人を見つけた編集者・鳥嶋和彦さんです。
1980年代にラブコメディを少年漫画に取り入れようとした鳥嶋さんは二人にラブコメディを描くように忠告していたそうです。
その結果特撮ヒーローマニアだった桂正和さんは「ウイングマン」にラブコメディの要素を取り入れ、異空間からあおいという少女がやってくるという、斬新な設定を取り入れました。
一方で鳥山明さんはあくまで自分の漫画にラブコメディや深刻な要素を取り入れない漫画作画を好んだそうです。そのため「Dr.スランプ」から「ドラゴンボール」まで恋愛要素は皆無でありながら、アクション要素が強い作風が生まれました。
桂さんは「読者を感動させたい作家」であり哀しみを描いていますが、鳥山さんはナンセンスなやり取りを好む作家のようです。
この二人は実生活でも仲が良く、2014年には鳥山明さんとの共作短編集「カツラアキラ」を発売しました。
二人の仲の良さが感じられる漫画作品で、二人の巻末インタビューも載っていますので、鳥山明さんと桂正和さん、二人のファンにお勧めの作品です。
ちなみに私は読んでいません。今度読んでみます。
桂正和さんのアシスタントについて
桂正和さんのアシスタントをされていた漫画家に「ドラゴンクエスト~ダイの大冒険~」の稲田浩司さんや「鬼神童子ZENKI」の黒岩よしひろさんがいます。
稲田浩司さんは元チーフアシスタントをしていたそうで桂正和さんのアシスタント時代に漫画家としてデビューをしているそうです。年数では1年半ほどアシスタントを経験したそうです。
黒岩よしひろさんは病気で休載していた時期も併せて、2年近くアシスタントを経験したそうです。渡辺満里奈さんのファンだったそうです。
また「EX-VITA」というSF漫画を発表した古味慎也さんもアシスタントをしていたそうです。
その「EX-VITA」の単行本1巻の付け帯に桂正和さん自身が推薦文を寄稿しているそうです。
弟子思いの師匠です。